■2014年7月の「絵てがみコラム」
 

その町の名前が何ともエキゾチックで、名前だけで行ってみたいと憧れていた。カサブランカ・マラケシュ・フェズ…すべてモロッコの地名だった。
モロッコ旅ラストの地はカサブランカ。CASA=家 BLANCA=白い(英語にしたらホワイトハウスになっちゃうんだけど)年代別に「花の名前でしょ?」「カサブランカダンディとか言う、かっこいいんだかダサいんだか分からないタイトルの歌あったよね?」「ハンフリーボカードの古い映画だね」それぞれのイメージがあると思うけど、そこは北アフリカを代表する経済の中心都市、大都会だった。久しぶりに背広姿のビジネスマンを見た。そういえば首都ラバト以外全く見かけなかったな。車だらけだ。もう馬車も働き者のロバも見かけない…刺激に満ちたモロッコ旅が終わろうとしている。
Jさんがこの旅に望んだ、映画「カサブランカ」に登場したBARを模して作られた港の近くの「Rick's Cafe」を訪れること。最後にちゃんとドライバーHafidさんは、忘れずにその店の前に車を着けた。Rick's Cafeのドアマンがぎ〜っとドアを開けて私たちを迎え入れる。そこはノスタルジックなセピア色の映画の世界ではなく、ちゃんと色のついた新しい思い出の場所「今」のカサブランカだった。

11回にわたったモロッコのお土産話はいかがだったでしょうか?
もちろんまだまだ書ききれないこと一杯、描きたい絵も一杯ですが、11月の個展ではモロッコの旅で得たインスピレーションを制作に生かした作品も見ていただきたいな〜と思っております。
梅雨明け早々連日の猛暑ですが、皆さんどうぞご自愛くださいませ。

 

 
 
 

赤土の日干し煉瓦のピンク色の街が見え始めた。これがマラケシュ。北は大西洋、背後に3000m〜4000m級のオート・アトラス山脈が連なりその南はサハラ砂漠…あらゆる土地の人々が集い、物流の要となり毎日がお祭りのように賑やかな町マラケシュ。
旧市街のメディナはもちろん世界遺産。特に面白いのが大道芸人や名物料理の屋台、モノ売りがわんさかいて「貧乏プライス!貧乏プライス!」(おそらく安いよ安いよ〜!の日本人観光客向け掛け声)観光客の足を止めようと必死のパフォーマンスを見せるジャマ・エル・フナ広場。そこはかつては公開処刑場、今は文化空間として無形文化遺産に登録されていると言う。馬車は横切り、ロバはコーラを運び、ゲームだか占いだか分からない塊に人だかり。ベルベル人が夜な夜なアフリカ音楽で踊り、蛇つかいがチップ欲しさに観光客のカメラに熱視線。なんだかとにかく面白い。盆踊りの夜を100倍賑やかにしたような…モロッコ旅のメインイベントを連日演出してくれているような…。
角を曲がるたびに刺激的な、予想外の光景が目に飛び込んでくる。今回の旅は贅沢にもドライバーさんやその土地土地のローカルガイドさんについてもらったおかげで、今までにないほど現地の人と接する機会に恵まれた。普段ならガイドブックや地図を見ながら、断然独自で散策派なのだが、モロッコの迷宮、混沌、刺激具合を考慮すれば、とりあえず半日は公認ガイドを付けることをお薦めする。観光案内だけではないモロッコの「人」「生活」「仕事」を彼らの後ろ姿に垣間見ることができる。それがとっても興味深く、マラケシュも思い出いっぱいの地になったのである。

 

 
 
 

「あの〜木に登ってるヤギ、見れますかね〜?」「……???」旅行会社の偉い人も同行するJさんも、何のことやら…この人大丈夫? そんな顔で私を見つめる。「いやいや! テレビだか写真だかで見たのよ。ヤギがアルガンオイルの採れる木に登ってる奇妙な光景を!」私のこだわりのリクエストはちゃんと現地ドライバーさんに伝えられ、エッサウィラからマラケシュへ向かう道中、見事に実現した。
モロッコ南部にしか生育しないアルガンツリー、その実から採取されるアルガンオイルは抗酸化作用に優れた植物性天然オイルとしてコスメや料理用としても近年注目されているのだ。その実を取るために木登り上手なヤギがひょいひょいと登って実の周りを食べて、硬い種は地面に落されその種の杯を石臼で擦ってオイルを抽出。時にはそこから新しい芽が出ると言うわけ。冗談みたいだけど、本当にヤギが見事に木登りしているのです。実だけではなく新芽が美味しいので柔らかい新芽を求めて枝の先の方まで…よりによって黒と白のパンダのような大きめのヤギがあ〜んな端っこに!青空に映えてあまりにもフォトジェニック!
「看板じゃないの? 裏見た? 作りモノでしょ?」
「え〜ちょっとは動いてたよ」「リモコンリモコン!」
「え〜〜めぇめぇ鳴いてたもん」「テープとか携帯でいくらでも出来るじゃん」
「Hafidさんが写真撮ってくれたもん」「グルなんじゃない〜? 彼のスマホで全部操作してるのよ。あれ? Jさんは?」
「う〜〜〜ん。彼女は動物、臭そうだから苦手…って車から降りてこなかった」つまり証人はいない…。
友人や家族でさえも面白がって私をいじめる。だんだん、自分でも滑稽な絵空事の様に思えてくる。
「え〜でも本当に見たんだよ。ヤギがね、木のてっぺんに登ってカメラを向けるとめぇ〜〜〜って笑ってたんだから〜」

 

 
 
 

私たちを乗せた車は一路、西の果ての港町「エッサウィラ」を目指す。
この町も私のこだわりで予定に加えた。音楽やアートが集うモロッコ人が一生に一度は行ってみたいと憧れる、他とは違う風が吹く町…。そんなキャッチコピーに誘われて、何と11時間の長距離ドライブ! いくつもの小さな町や村を越えて、エッサウィラに着いたのはまさに大西洋に沈む夕日が美しい午後8時(日没は大体このくらいの時間)遠浅のビーチではサーフィンやサッカーに興じる若者のシルエットが細かい切り絵の様に見える。この海のずっと向こうは…スペインではない。北アフリカの西の果ての町と言うことは…大西洋の向こうはアメリカ?フロリダ?カリブ?…キューバだ! 日本中心の地図では気付かない眼からウロコ! レゲエとかアフリカンミュージックがここに集うと言うことにガッテン。
折しもこの日、年に一度のワールド音楽フェスティバル「GNAOUA・グナワ」のラストナイトだと言う。町中がお祭り騒ぎでメディナの通りもまるで大晦日のアメ横状態。よりによってこんな夜に来ちゃうなんて…人をかき分けかき分け辿り着いたリヤド(邸宅宿)ではWブッキング…というか、祭りの夜でもう宿のオーナーもどうにでもなれ状態。予定の部屋はツインじゃないし。どうなる今宵の宿…。3人とも疲れ果てているのに。温厚なドライバーHafid氏がオーナーを怒鳴りつけている。新市街の大型リゾートホテルだったらこんな気苦労をさせずに済んだかもしれない。我儘なリクエストをしたことをちょっと後悔…。間に合わせの簡易マットレスも宿のぞんざいな対応も「一晩の事だから我慢するわ、こんなクオリティの宿を選んでしまった私が悪い」「いいや! 1泊だからこそなんだ。ここはあなたによって選ばれたんだから、もっとちゃんとしてもらわなくては困るんだ! 申しわけない!」と。日本人の控えめっぽい考え方は時として美しくない。思い出を自ら小さなものにしてしまうのかもしれない。プロフェッショナルな彼には不満足なエッサウィラでの滞在になった。でもそんなアクシデントも含めて私には感慨深い思い出の地になったんだけど。
祭りの翌朝、そこは朝寝坊しているかのように、まったりした潮風が吹いていた。

 

 
 
 

1000年以上続く世界最大の迷宮都市フェズ。旧市街(メディナ)丸ごと世界遺産である。モロッコ最古のイスラム王朝の都、特にフェズ・エル・バリ地区と呼ばれる一帯は9世紀にできた古都でその昔から変わらない迷路具合は、すさまじい。人一人が通るのがやっと、すれ違うこともできないようなガイドさん無しではとても進む勇気が無いような…。でもその路はすっかり日陰でとても涼しい。
そんなメディナの中に、いろんな職人街とお土産屋さんと日常の市場とが混在する。真鍮細工のスーク、木工職人のスーク、看板彫り職人のスーク、そして革染色職人のスーク(タンネリ)特にこの革染色の作業は丸い染色桶が並ぶ作業場で中世そのままの手作業で革をなめして、身体ごと染色桶に浸かって手足で揉んで染めつけていく作業だ。直射日光と動物の革の何とも言えない匂いが、たちこめる中黙々と働く職人たち。その重労働たるや…。
私は旅先で「人が創造したもの」を見るのが大好きだ。風光明美な景色より、人が作った建物や工芸などの方が興味深い。イスラム建築の呆れるほど手の込んだ細工も、モロッコ人の辛抱強い性格なのかな? ベルベル人から受け継がれた手先の器用な、凝り性な国民性かしら? と色々想像する。それも実は旅の楽しみの一つかもしれない。
魅力的な「人の創造性」が凝縮して迷路の中に、ぐにょぐにょぐにょ〜っと練り込まれたような古都フェズ。高台から見下ろした街はオリーブの木々が点在する丘に囲まれた亜麻色の大人しそうな街だった。本当はぐにょぐにょぐにょ〜!なのにね。

 

 
 
 

普段はコーヒー党の私が、モロッコ滞在中は圧倒的にミントティー!
まず、一杯目はドライバーのHafid氏が注いでくれた。ミントティーはモロッコにおける、おもてなしの印。一般的に家長である男性が注ぐのがマナー。銀色のポットから熱い緑茶が小さなガラスのコップに注がれる。高い位置から泡立つように注ぐ。1、2度ポットに戻されて程良く緑茶が出たらグラスのミントもさわやかな香りを漂わせて泡も落ち着く。泡が立つ方が空気を含んでまろやかなお茶になるそう。緑茶にお砂糖〜?って日本人は抵抗あるかもしれないが、断然甘い方が美味しい。添えられた角砂糖を1個、2個入れちゃう。そしてかき混ぜない。小さなグラスの中でも変化を楽しむと言うことかもしれない。
最初の一口は、熱い〜!という感覚で周りの暑さを忘れる? ニ口目はミントの香りで、ふ〜さわやか〜! 飲み進むと甘さで、癒される〜残ったお砂糖は2杯目、3杯目で溶けきっていい感じになる。
「甘くないミントティーは、髭の無いモロッコ男のようなものだ。」何て言うらしい。

 

 
 
 

今回のモロッコ旅に私はいくつかの「こだわり」を持っていた。その筆頭が「リヤド」に宿泊すること。リヤドとはモロッコ独特の、古い邸宅を宿に改装した小さな宿泊施設だ。ほとんどが旧市街の迷路のような路地にあり、小さなブザーを鳴らしてお宅訪問のように「アッサラ〜ム、アレイコム〜( こんにちは)」と入って行く。日本に来た旅行者が大きなシティーホテルに泊まるばかりではなく、小さな坪庭のある旅館や民宿に泊まって、その地らしさを感じたいと思うのときっと似ている。
もともと美術的価値の高い建築物の素晴らしさにお洒落なフランス人やイタリア人が魅了され、オーナーになっている場合が多い。家族経営で4部屋〜10部屋程度のこじんまりした作りが特徴だ。小さなドアを入ると吹き抜けの中庭がありその真ん中に小さな噴水があり4本のオレンジの木が植えられているのが伝統的スタイルだとか。その中庭を囲むようにロの字に長方形の部屋があり、外側にはほとんど窓が無い。宮殿のようにゴージャスなものから民宿っぽいリーズナブルなものまでさまざまらしいが、私はその地らしさを最優先にリクエストした。
首都のラバトと最後の大都市カサブランカはシティーホテルだが、それ以外青い町「シェフシャウエン」は青くて可愛いリヤドを。古都「フェズ」はクラシカルな伝統美的なリアドを。海沿いの「エッサウィラ」はちょっと潮の香りを感じるリゾートなリヤドを。そして「マラケシュ」は女性好みのお洒落なリヤドを。そのわがままはほとんど叶えられ、モロッコらしさをいろんな意味で堪能した。
クラシカルなフェズのリヤドは壁や柱の写真を何枚写しただろう。レースの様に繊細な石膏彫刻、タイルのモザイク(ジェリージュ)シダーの木工細工、いぶし銀のシャンデリア、真鍮細工の飾り棚…目を凝らせば凝らすほど手仕事の見事さが際立つ。しかし、天蓋付きのお姫様ベッドも天井の高さと薄暗さが、なんだか異国情緒あり過ぎで落ち着かない〜! 静かだ…今夜はもしかして私たちだけ? クラシカルと言うよりひょっとして明日廃業?(失礼な!翌日、アメリカ人のグループがやって来てリヤドはにぎやかになった)イスラムのお祈りの時間を知らせる合図アザーンがモスクの塔から聞こえる。しみじみ見知らぬ遠い国に来たんだな−と少々ホームシック。

 

 
 
 

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