■2007年11月の「絵てがみコラム」
 

青い絵の具皿に小さな虫が飛び込んだ。全長2ミリ程度の羽虫にとってそれは、おぼれるに足る充分な水量で、ちょっとした湖だ。虫は水の上でバタバタしている。筆先に取って白い紙の上に救い出した。息を整えるようにしばらくじっとしていた小さな虫は、羽につけた青い絵の具で迷作?を描き始めた。キャンパスから逃走しそうになったら、「おいおいまだ制作途中だぞ!」と紙の真中に戻した。右に左に一筆書きの制作の様子をしばらく見ていたが、おもしろくなって別の色も…と羽に黄色の絵の具も少しつけてみた。混ざった緑と黄色で作品は益々いい感じになってきた。
休み休み制作は進んだが、このままでは絵の具が固まって飛べなくなるかも知れない。あちこち色を散布されても困る。水をたっぷりつけた筆先で羽の絵の具を洗ってあげる事にした。筆を持ち上げた途端、あ!手が滑って丸筆が紙の上を転がった。ころころと、小さな画伯の身体の上を一回転…。うそ〜!小さな羽虫は動かなくなった。しばらく見守ってもやっぱり動かなかった。筆先でつついてもやっぱり動かない。ごめん…助けてあげようと思ったのに…。そ〜っと凶器の筆も青い湖も洗い、小さな画伯もその遺作も丸めて捨てた。
なんとなく悲しい気持ちになって今日は描く事をやめた。

 

 
 
 

何処へ行きたい? 何を食べたい? 何を見たい? それぞれ京都でのプランを出し合った。町屋を改装した小さな宿も楽しみだったし、ねぎ焼きの美味しいお店にも地図に印をつけた。 さてさてお寺は? 神社仏閣は? 食事処優先の計画に苦笑いしながらも「岩倉実相院の床もみじ」「鷹峰山・源光庵の悟りの窓、迷いの窓」「光悦寺の石畳と垣根」も見に行こうよ! とちょっとマニアックなプランに決定した。
好天に恵まれ、昼間は暑いくらいの陽気だったがさすがに朝晩は冷え込んだ。宿のある「蹴上」という所はちょっと郊外で、朝にガラガラと町屋宿の玄関を開けると静かな空気が何とも言えず心地よい。なんとなく何処からとも無く小菊の匂いが…。さわやかな気持ちで出発。
地下鉄とバスを乗り継いで、市街地からはかなり北の外れの「岩倉実相院」へ。現存する数少ない女院御所だ。黒く磨き上げられた床に外の紅葉が映り込み、夏には緑、秋には床が赤く染まるという。残念ながら真っ赤な床にはもう一歩。しかし、緑ゆたかな庭の隅で秋カイドウのピンクの花が可憐に咲いていた。
描いた光悦寺は私のリクエスト。「そうだ。京都に行こう」のポスターで見た綺麗な石畳の細い小道が光悦寺というお寺にあることを知ったのは大分前。一度行ってみたいと思っていた所だ。手入れの行き届いた庭に少し苔むした石畳、小さな茶室が点在し本当に気持ちよい。「近く大きなお茶会が有るんだね。そういう時は庭の竹垣や雨どいなどの古い竹を青竹に取り替えるのよ」と茶道の心得のある友人が教えてくれた。すごい! どうりであちこちで庭師が青竹を組んでいた。澄んだ空気の中に青竹の匂いも加わって、目には少し色づき始めた朱色のもみじと遥か京都市内を見下ろす景勝地の茶室。「どうだ。京都にやって来た」そんな実感のわく素敵な時間だった。

 

 
 
 

友達の出張に合わせて久しぶりに京都に行ってきた。女三人それぞれ都合をつけて現地集合。一足早く京都入りした私は、奈良の美術系の高校に通っていた頃の同級生に連絡を取ってみる事にした。京都で会えないかな? 携帯電話のアドレスにメールを送ると全員から会いましょう! と即座に返事が来た。携帯メールの威力はすごい! 毎年年賀状には「今年こそ会いたいね」と書き添えていたけどなかなか実現しなかったのだ。
かくして、懐かしい面々と京都で再会。気持ちはすぐに高校生の頃にワープした。たった一年の通学だったが慣れない環境や個性的な授業、ユニークなクラスメートに囲まれたインパクトの強い一年間だったから、こんなに歳を重ねてからも思い出が鮮明なのだろう。京野菜のサラダバイキングもたっぷり食べてデザートになった時、ふと思い出した。当時私たちは高校生。分不相応と思える雰囲気の老舗の茶廊の座敷に上がり、本わらびもちを食べた。上品な甘さとやわらかさは生まれて初めての味だった。しかし段々値段が心配になり、お座敷だと特別料金かも…払えなかったらみんなで皿洗いをしたら許してもらえるかな?と、本気で心配した事などを思い出して爆笑した。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、烏丸御池の駅で別れた。「また会おうね〜」携帯のメールがあれば、またすぐに会えるような気がした。

 

 
 
 

秋の夜には墨の匂いが心落ち着くというかちょっと懐かしいというか…。いつもは墨汁を使う事が多いのだが、たまに墨の濃淡をメインにした絵を描きたい時などには硯に向ってゆっくり墨を磨る。沢山すり過ぎた! 勿体無いから今回の絵てがみコラムでは磨った青墨を使って描く事にした。墨汁でも充分だし、沢山使いたい時には重宝なのだが、ゆっくり硯で磨ると墨の匂いとその時間が心を落ちつかせる。
私が講師をしている絵画教室で墨や半紙を使ったり、雑誌の取材で私の水彩画年賀状の描き方が紹介されるのを機に(12月7日発売のWaSaBi 1月号掲載予定)改めて自分の画材を見直してみた。
携帯用の小さい硯はもう20年くらい使っている、墨は青墨が好きだ。墨にも松の煤を原料にした松煙墨(青色系)、菜種やゴマ油系の油煙墨(茶色系)、化学カーボンの洋煙墨(黒色系)などがある。薄く描いた時など青っぽさや茶色っぽさなどの微妙な違いが表現できる。私は墨の本場、奈良の古梅園の物を愛用している。
よく使う筆はイタチの毛の面相筆で年に5〜6本は新しいものをおろす。
水彩用の丸筆も、高価な物ではないが数本使用している。
紙も色々だ。一般的な水彩紙や水墨画練習用の画仙紙など。あんまりこだわりは無い方だと思うが、今年は個展の作品用に専門店から中国の竹100パーセントの紙と桑の葉を原料にした紙を取り寄せた。これら、硯、墨、筆、紙を中国の文人が書斎で使用する文具のうちで最も重要な道具として「文房四宝」と呼ぶ。秋の夜長、学生時代の書道の道具などちょっと引っ張り出して墨を磨ってみませんか?

 

 
 
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