■2011年6月の「絵てがみコラム」
 

暑いですね〜、梅雨の晴れ間はもう猛暑の気配…思いやられる節電の夏。
冷たいものばっかり飲んで、体を冷やすのは良くないとはわかっていても、ついつい麦茶、アイスコーヒー、ジンジャエール、アイスクリーム、ゼリー! いまいち食欲のない腹具合を、そんなものを流し込んで済ませてしまう。涼しげな顔をして、ゼリーもアイスクリームも結構なカロリーなのよね。
でもお家デザートとして、ちょっと自慢の組み合わせ。3つ128円くらいのカップコーヒーゼリーをスーパーで買ってきて、きれいなガラスの器にスプーンで崩しながら移す。そこにちょっと懐かしい「ナタデココ」の袋入り(今でもヨーグルトのコーナーなどに袋入りの物が100円位で販売されています)これはカロリー控えめで、デザートのかさ上げに重宝します。歯ごたえも好みなのでそれを少しコーヒーぜりーの器に加えて、あればバニラアイスをスプーンに4〜5杯加えます。そしてコーヒーゼリーに付いていたミルクをタラ〜と掛けると、ちょっとしたカフェのデザートのよう!
時々楽しむお風呂上がりの「お家デザート」決定版です!お試しあれ。

 

 
 
 

夏休みにトルコ旅行を計画しているという友人の話を聞いて、いいな〜懐かしい!私がイスタンブールを訪れたのは、いつだったかな〜とアルバムを探した。私はどこへ行っても写真を結構たくさん写して、アルバムの整理も割とちゃんとする方で、帰ってから写真を見て絵を描いたり次に行く時のチップの為に?残ったお金もアルバムに添付したりしている。旅の準備からアルバムの整理までを旅の楽しみと思っているからだ。
古いアルバム94年版だった。トルコと言っても訪れたのはボスフォラス海峡をはさんで旧市街と新市街が広がるイスタンブールの街だけで、それも3日間。フランクフルトの視察旅行の帰りに立ち寄っただけだが、東洋と西洋の両面を併せ持ったエキゾチックな「異国」として今も深く印象に残っている。
99パーセントの国民がイスラム教徒と言われ、一日に数回大きなスピーカーでイスラムの教典が流れて、スカーフで顔を覆った女性に見知らぬ「外国」を当時最も感じた所だったのだ。アルバムには沢山のメモが。
【 タクシー初乗り8000トルコリラ(約100円)、トイレのチップ2000トルコリラ(27円)、4400軒の店がひしめき合っているグランド・バザールでは「バザールでござ〜る!」と(当時流行っていた)日本語で客引きをする。2〜3割は値切ること。物売りの少年にのど飴をあげたら、自分のポケットマネーで焼き栗を買ってプレゼントしてくれた。
おじさんはみんな、髭をたくわえていて、とっても良く似ている。さっき会った人とまた、会った!と何度も見間違えた。チャイと甘いお菓子を食べていたら、トルコの青年が話しかけて来た、ちょっと日本語が出来る青年二人は学校で「いけばな」を習っていると「いけばな」のテキストを見せてくれた。びっくり!】
などと、すっかり忘れていたが旅行当時のホットな思い出が蘇った。やっぱりアルバムの整理は大事だぜ!
友人の帰国後のお土産話も楽しみだ。

 

 
 
 

東日本大震災から3カ月、被災された方々の生活が、少しでも改善されていることを祈りつつ…。PRAY FOR EAST JAPAN

東北関係の絵を描く仕事が続いた。食品展示会の東北応援コーナーの為に東北6県の県花や風景、伝統工芸品などを描いた。震災前に編集され、販売されたガイドブックなどの資料を見ていると、海岸線などの今は変わり果てた風景と比べて、胸がいっぱいになる…。PRAY FOR EAST JAPAN
スペースガレリアでのチャリティーイベント「ART・AID」に参加します。詳しくはWhat's Newをご覧ください。

梅雨らしい小雨がやんだ午後、割と近場の紫陽花の名所と言われている、本土寺に出かけた。源氏の名門平賀家の屋敷跡と伝えられ、およそ700年前日蓮大聖人より長谷山本土寺と寺号を授かったとパンフレットに書かれていた。今年は「季節の花を、いい時期にしっかり愛でる」を日々の生活のテーマに掲げて4月の藤、5月のカキツバタに次いで、そろそろ紫陽花!と近場の名所をネットで検索。灯台もと暗し「え〜行ったことないの〜?近くだよ〜」と母にも妹にもあきれられた。
苔むした庭も紫色のグラデーションの菖蒲園も見事だったが、残念ながら肝心の紫陽花はまだ5分咲き。控え目に、白に少しブルーのインクが染みたくらいの色合いだ。
20日ごろが見頃だという。でもたっぷり水を含んだ葉っぱが生き生き!
緑好きにはたまらない季節だ。

 

 
 
 

仕事で季節外れの花を描かなくてはならない時も珍しくないが、タイムリーに花屋に並んでいた「紅花」を買って来た日に「紅花」を描く仕事が廻って来た。
カサカサとすでにドライフラワーかと思うほど、葉も茎も硬い。花の形状はアザミに似ている。古くエジプトからシルクロードを経て、中国伝来の染料として日本に広がった。初めは黄色い花だけど段々赤くなり、その花弁からとれる「赤」の色素は高品質で口紅に使われ、文字通り「紅の花」と呼ばれたわけだ。黄色の花なのに「紅花」…ってイメージじゃないな〜と常々思っていたけど、納得。さらに資料を読み進むと「ベニバナの古名・末摘花」とあった。「末摘花(すえつむはな)」と言えば、源氏物語に登場する不美人なのに光源氏になんとなく、生涯にわたって援助してもらえる女性だ。暗闇で顔をよく見ずに一夜を過ごし、翌朝、顔を見てびっくり!鼻が真っ赤な、美人からは程遠い面立ち。「紅い鼻」から「紅花」→「末摘花」と光源氏がつけたあだ名という説。なるほど〜源氏の君は洒落たあだ名をつけるもんだな〜と感心したりして。
色々横道にそれて、急ぎの仕事なのに筆が止まってしまった。さあ〜これをアップしたら、仕事の方の「ベニバナ」に戻らなくては…。

 

 
 
 

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